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私の従軍記 飯塚 定次 4

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通常 私の従軍記 飯塚 定次 4

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前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿なし | 投稿日時 2015/4/2 7:34
編集者  長老 居住地: メロウ倶楽部  投稿数: 4294

 午後五時頃だったと思う。小林少尉幕僚以下護衛隊と通信隊、機関銃二基、すみだ機関より数名、私と大沢一等兵とその外助手二名初めての敵地への潜入なので全てを神様次第という想いでした。真暗闇の砂利道(北スマトラは殆ど砂利道)、無燈で走る事は確か戦地へ来てから初めてだと思う。懐中電灯で車の直前の地形を確認し乍ら前進、私が先頭車を運転し小林閣下グループと通信隊をのせて時速三~四キロで前進して行った。時々二号車が来ないので戻ると道路の真中を大の字で大沢が寝てしまっている。無理もない。一昨日来、全く寝ていない。昼間アチエへ後続隊を迎えに行った時も前夜から寝ていないので私も道路の補修用の砂利石に乗入れたり半分無意識の処もあった。その後、引継ぎでの運転だから、顔に水を吹きかけて目覚めさせて運転させた。夜中の二時頃指揮系統の者二十名位集められ先遣隊長から報告事項があり「我々は現在敵軍より先に出てしまっているのでロスマウニという地点迄戻る。敵は山中(タケゴン)方面へ逃げ込んで途中の橋を皆落して逃げている」という。又引返して朝八時ロスマウエの生沼部隊本部に到着。生沼部隊長に報告した処大変喜んでくれて「御苦労だった。とにかく一眠りしてくれ食事用意しておいたからすませて休んでくれ。」とねざらって下さった。

 自動車班長の大川中尉に報告したら「すまんがまだ遅れている部隊があるので全力で輸送している処だ。すまんが迎えに行ってくれ、遅れて事故でも起きたら困るから」といわれて食事を戴いて直ぐ迎えに行き、部隊責任者に三日間殆ど寝ていないから運転中何の話でもいいから大声で話をしてやって下さい、たたいてもひねってもねむらない様にして下さいと各車輔に伝達し夕方迄かかりました。自動車は徴発したのだけで殆どシンガポールに残していますので輸送に時間がかかりました。唯敵一千八百名位の大部分が司令官以下山中のタケゴンという処へ逃げ込んだので予想された戦乱は殆ど今まではなかったのでシンガポールの二の舞はありませんでした。夕方になって部隊はオランダ軍の逃げた街道を追跡しました。未だ眠れません。三十キロメートル位で山にぶつかり、その入口の川の橋が落されていて歩くしかない山路になりました。あいにく雨が降り出して山路の行軍は最高の難行苦行となりました。

 午後十時頃建物を見つけ、まず火を炊いて衣類を乾かし乍ら私はそのまま寝込んでしまいました。前後不覚といいますが只たき火の傍で五時間位、不寝番に護られて五十名位が死んだ様に眠っていました。たき火の傍で軍装を整え人員点検よし、落伍者なしと確認、大川隊長の命令で一名連れて道路偵察に夜明けの街道を登った。一時間位行った処で川にぶつかった。大きな谷川で橋が落されていて川の手前に部落があり工場があった。中を点検したら物音がしたので銃を構え乍ら突込んだら敵兵二名が手を上げたので押え、手を後手にしぼって柱にくくつた。緊張した。それは「コカコーラ」の工場だった。無人になった工場は無気味なもんだ。間もなく本部が到着。状況を報告。工作隊に連絡して仮橋の所在確認して四方警戒を徹底しつつ既にタケゴンに到着。敵を降伏させ武装解除をして部隊本部で収容所管理に任じている事も判明した。河を越して台地に出て間もなく、街道の両側にある大木の上から狙撃され四列縦隊で進行中の一列目へ小銃らしき銃声と供に耳元で「カチッ」と音がした。倒れる音がして、見たら私の左が二大隊の自動車班長平塚中尉、その左が二大隊自動車班の西川甚一兵長だった。彼が頭部を鉄帽の上からやられたのだったがかすり傷ですんだ。平塚中尉は上背があり軍刀を提げているから敵からねらわれ、それが外れて隣のそうだ西川君といった西川甚一といったかナ、彼は気丈に大丈夫ですといったが衛生班へ下げて続行した。樹上の狙撃兵は射殺したと思った。その後一日か二日かかってタケゴン到着。

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