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特攻インタビュー(第10回) 10

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通常 特攻インタビュー(第10回) 10

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前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿なし | 投稿日時 2013/12/25 8:12
編集者  長老 居住地: メロウ倶楽部  投稿数: 4294

 ◆生と死 その3

 -------田中さんの時はまだ、特攻隊としての出撃でしたが、その時のことを教えてください。

 田中‥確か、昭和20年3月頃でしたね。攻撃隊のメンバーが発表になって-----。その頃は志願ということでもなく、特別な理由がない限り、みんなに割り当てられたと思うんですが、メンバーが決まってから、松島では夜間の訓練だけでした。上層部はもう分かっていたのかもしれませんね。我々をどう使うのかと。それで、金華山と青森県の尻屋岬、北海道の襟裳岬の三角形を夜に飛ぶ。昼は何にもしないんです。毎日、夜ばかり訓練させられました。それで、アメリカ軍が沖縄に上陸して1週間目に、いよいよ沖縄の爆撃に行くという命令が出て、その時に、夜間の航法訓練をやらされたのはこのためだったのかと分かったんです。 私は4月末に松島を出発したんですが、同じ日に出発した同期が3人いたんです。もちろん飛行機は別です。それで、出水に着いて、最初に我々の機が沖縄に出撃することになったんです。

 岡本‥松島で夜間訓練をしたのですが、訓練中に急に霧が出て2機が行方不明になる。また、霧が出なくて天気がいいのに2機が行方不明になる。1機に同期生が3、4人乗っているんです。陸攻だから一度に10何人も死んでしまう。それに燃料がないから、昼間の訓練でも夜間の訓練でも燃料がないと休んで、飛行場の雪かき……。燃料もどうやら芋のアルコールが入っているらしくて、エンジンのパワーが出せない。だから、途中でブスブス落ちてしまう。私も着陸のため旋回している時にエンジンが止まって、松林に落ちて1週間か10日くらい意識不明になったことがありました。同乗していた同期生は重症でその後、一生病院生活でした。だから、訓練をしたくても燃料がない。飛行訓練に出ると行方不明になる。そういう中で田中さんたちが出撃して沖縄攻撃をやるということです。

 田中‥三陸沿岸というのは、春先に海霧が発生しやすいんです。だから訓練中に随分、殉職者が出ました。


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