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特攻インタビュー(第10回) 6

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通常 特攻インタビュー(第10回) 6

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前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿なし | 投稿日時 2013/12/21 6:41
編集者  長老 居住地: メロウ倶楽部  投稿数: 4294

 ◆飛行科の訓練が始まる その2

 田中‥機種を選ぶと言っても具体的に知っているわけではないですから、どれがいいかなんて正直、分かりませんよね。私は中攻を希望したわけではなく、選考で回されました。中練を終えると実用機過程に進みます。私は宮城県の松島海軍航空隊に行きました。そこでまず、九六式陸上攻撃機に乗ったわけです。いや大きかったですね。赤トンボなんか入っちゃうくらい大きい。こんな大きいのを操縦するのかと思いました(笑)。  

 -------お二人とも飛行機の操縦ということですが、それが決まった時のお気持ちは?

 田中‥特別、操縦を希望していたわけではありませんが、ああ、自分に合っているなと思いました。自分の興味のある方に進んでいると感じました。赤トンボで訓練しても、スポーツみたいで楽しかったです。離陸するでしょ。その後はスタントと言って特殊飛行です。宙返りとか。そういうアクロバット的な課目があるわけです。そういうのをやると飛行機は面白いものだと思いました。だから、飛行機の操縦というのは自分の性分に合っていたんですね。

 岡本‥私は海兵団で「飛行適」ということで、腹を括って土浦に行きました。まあ、予科練の人ほど張り切っていたわけではありませんが、これで死に花が咲けるという思いでした。艦船勤務や陸戦隊もありましたが、私は飛行機に人生を賭けたという気持ちでした。

 -------土浦を卒業された後、どの航空隊に行きましたか?

 岡本‥私は土浦の基礎課程の後、鹿児島県の出水海軍航空隊で赤トンボの訓練をやりました。出水は天気が良くて訓練は4カ月で済んだんですが、田中さんが中練課程で行った美保海軍航空隊は鳥取県で、天気が良くないので遅れたようです。

 田中‥私は昭和19年5月から12月まで、美保空に半年ほどいました。

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