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その13 ★ 学校の松つくり ★

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夏子

通常 その13 ★ 学校の松つくり ★

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前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿なし | 投稿日時 2005/8/29 16:22
夏子  半人前   投稿数: 22
 中浜小学校に勤務すること八ヶ年にて、昭和四年《=1929年》四月郷里の愛労小学校に主席訓導として転任を命ぜられた。(中略)

 時に第一次世界大戦は、大正三年《=1914年》に勃発《ぼっぱつ=突然起こる》し大正七年まで五ヶ年にわたる世界戦史上にもかつてない大戦であった。当の我が国は日英《日本、イギリス》同盟の関係で連合軍に参加したが、地理的関係上直接的な戦禍はなかったものの精神的影響は甚大《じんだい=極めて大きい》であり、結果として世界の五大強国に列し、これに伴って政治思想生活の全面が世界化され、従って思想も直接に影響を受けた時代となった。

明治末期よりの理想主義時代から物質主義的な傾向となり現実主義の方へと動いていった。

 好景気時代より不況時代に移った農村郷土は、村の財政にも影響あり村費負担の教員給与も順調には支払出来ず、止むなく俸給一部を寄付採納《さいのう=取り入れる》して、村財政に援助するという珍現象が起こり、各地に農民運動も起こって経済は一層深刻となった。

後に教員給与は全額国庫負担となり、市町村財政と関係は直接なく給与の安定は確立されたのである。

 学校は七学級小規模な学校であったが、校長は歴代識見高邁《しきけんこうまい=見識が特に優れていること》以下職員組織も常に恵まれ、職員の努力によって教育内容充実の傾向に進んだ。(中略)

 尚作業教育を重視して清掃環境整備を学年別に配当、動植物飼育を児童の発達段階に適応した指導計画をたて、動物飼育については鑑賞的動物、なつかしみのある動物、やや労働を要する動物、更に生産的動物、これ等の飼育については学級児童の当番制にて責任をもたせ総合的勤労観を味わう全体観に立った作業を課した。(中略)

 更に書道教育に力を入れてみた。境港大港神社の天神祭に弓浜北部の小学校児童の書道展が毎年開催されているので、それに出品してみたが見事落選し一人も入選作なく平素の指導を疑うようにも思われたので特訓にふみ切り、基本的指導の必要を感じ、当時角盤校訓導の影山盤蹊氏を招へいし、全職員率先して書道練習をして指導観の確立を図り、翌年出品してみると、今回は全員入選特に特選入選で他校の驚きの場面となった。

教師の教材研究、生徒の自主的学習の姿は労作教育の真をついた気がした。

 崎田茂信先生が愛労校在職時代、浜灘の小松を奉安殿《ほうあんでん=御真影や教育勅語を収める建物》の横側に移植したのが年を重ねて相当な松樹《しょうじゅ=松ノ木》となっていた。然し松は毎年手入れをせねば、見るような松とならぬもので、手入れを怠っては、と注意を受けるが、経費の関係上そのままになっていた。

春の農繁休業中(夏子注:農家の児童生徒に農繁期の労働の手伝いをさせるため、学校を休みにしていた)職員作業でやることに決定したが、手入れの手ほどきが必要となり、基本を植木屋より受け、新芽とり、枝さばき、枝つくり、なかなか思うようにはならずも庭園作業はなされた。尊い作業体験だが、松作りはむずかしいものである。

 農繁休業中は職員も忙しい。第一松の手入れ、庭園樹木の手入れ、教材教具の整備、更に社会事業それは農繁期愛労臨時託児所《たくじしょ=保育所》の開設であった。

  開設場所 小学校教室
  収容児  村内農家子弟(約一二〇名)
  指導保母《ほぼ=保育に従事する女子職員》 女子職員中心、婦人会有志、校長夫人、教  職員夫人、郵便局長夫人他
  炊事設備 家庭科教室、臨時施設
  遊戯教具 小学校低学年用
  時間   農繁休校中 朝八時より夕方六時

この施設は農繁休業を利用し臨時的に開設したもので、園児もなつきその効果は十分上がったと好評を受けた。(後略)

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